生かされていることに感謝しこの経験を生かしたい
2019.12.17
− 麻衣 青森県 30歳(告知から3年) −
私が乳がんを告知されたのは、27歳の春でした。
窓の外を見ては「あと何回桜が見られるのだろう」と途方に暮れたことを覚えています。
腫瘍が大きく、まず抗がん剤で小さくしてから手術しようということに。
しかし、抗がん剤の副作用は想像を絶するもので、吐き気とだるさが襲い、殆ど歩けないほどになりました。
その後、セカンドオピニオンを受け、手術を先行させることになりましたが、快く送り出して下さった先生や、温かく迎えて下さった先生に、心から感謝しています。
左乳房全摘とリンパ節郭清手術の結果、腫瘍の大きさは8cmにもなっていたことが分かりました。
告知から半年間は、髪がなくなり、ポートが埋め込まれ、放射線治療でただれた自分の姿を見るのが辛く、また将来が見えずに、地獄のようでした。
しかし、告知から3年経った今、体力も人並に回復し、告知前と同じように楽しさや幸せを感じられるようになっています。
仕事面では、半年間の休職後に復帰し、最初は短時間勤務をさせて頂きました。周りの方がフォローして下さり、とても有難かったです。
現在は、ホルモン治療を続けています。
Pink Ringや、仲間と立ち上げた地方の患者会等では、とても素敵な方々との出会いがありました。
どん底の中から得られたものは大きかったと思います。
これからも、生かされていることに感謝し、この経験を活かしていきたいと思っています。
この記事は、体験者からの貴重な「My Story」です。
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